ams

a tokyo based manicurist, hatsuki furutani's salon works from a.m.s. ebisu place in shibuya

2013-06-03

菠蘿と加加阿 フルーツバスケット 子供の戯れ 

a.m.s.恵比寿プレイスです。

こんにちはー。今日のネイルはパイナップルなのかな?


ところで私解説者マサ子(仮名、38歳)は昭和50年生まれなので、昭和の最後の方に子供時代を過ごした「昭和の子供」ですから、階段があれば もちろん

グ  リ  子 !

ぱ い な つ ぷ る!

ち よ こ れ え と!

ていう遊びをやったんだけど、読者の皆さんはご存じかしらのあなたはもう忘れたかしら?今思うと、あの遊び、何て言う名前なんだろうね?遊びの名称がわからなかったら、「あれ やろうよ」としか言えないよね。しかも、今となったら グリコ パイナップル チョコレートで何を競ってどんな結果が出て、勝ち負けがあったのかすら記憶がおぼつかない。だいたい、どうしてグリコなのよ?明治とかロッテとかトーハトとか湖池屋じゃいけないのかしら?フルーツバスケットとか言う、運動神経が鈍く逃げ足の遅い私解説者マサ子(仮名、当時9歳)には拷問のような遊戯もあったよね。まさに死亡遊戯。アレ何なの?喧嘩売ってんの?嫌がらせていうかもうほんと、トロイ子供にとっては公開処刑ハラスメント制度だったよね。てかあれ本当、何も楽しくないから。今返す返すも思い起こすも不愉快極まりないというか十分今でも憤れる。いやまあ それは私がトロイせいだから、まあ百歩譲ってしょうがないとして、一個疑問なのはさ、昭和の子供のはしくれとして、「ゴム段」っていうのをやってたんだよね。そんで、「キャンロップ」っていうのがあってさ、これも ♪きゃんっ きゃんっ きゃんろっぷ かすてら キャンディー きゃんろっぷ~ サ・ク・マのきゃんろっぷ~ (てかこの曲に著作権はあるのか?)とかいう歌を歌いながらゴム段をするわけなんだけど、昭和57年当時に、この焼け野原・ギヴミーチョコレート臭のする三丁目の夕日的歌を歌いながらゴム段、っていう事象がまだ残ってたのが驚きだけど、てことはまだ戦後は終わってなかったのかしら。これがまた、ゴム段の段が高くなると足を頭まで上げなければできないので、美脚と運動神経を誇る幼女しかできなかったよね。

てか、「サクマのキャンロップ」てどう見ても商標ぽいけど 昭和50年代には売ってなかったと思うよね。まあいいよ。キャンロップは。さらにおかしなゴム段の遊戯があってさ、その名を「ヘンタイ」というのがあったように記憶してるの。ヘンタイというのは、おそらく「えっちすけっちワンタッチのヘンタイ」の方ではなく、「隊列を組む方の編隊」か「様子が変化する方の変態」だと思われるんだけど、↓こんな風に、何人か編隊であや取りのようにゴム段のゴムを変態させていくのでヘンタイ・・なのか?

〇 ====●=●=●==== 〇

※〇=ゴムを足に引っ掻けてゴム段を作る係。●=プレイヤー。

しかもこのゴム段を始める時は

へ~~ん たいっ!!

と幼女が叫びながら遊戯を始めるという 何が何だか今考えると結構かなりカオスな遊びだったんだけど、今このブログを書くにあたってグーグル先生に「ゴム段 ヘンタイ」で検索しても、何も答えてくれないので、もしかしたらあたしの記憶違いなのか?でもあれだけ毎日 へ~ん たいっ!!って叫んでゴム段をしていたので、記憶違いじゃないと思うんだけど、私だけ 「へんたい」って言ってて、何か他の人は違う正しい名称で呼んでいたのかな?そして、ゴム段:ヘンタイは京浜地区限定なのかしら それとも全国的に遊ばれていたゴム段なのかしら。気になりつつもほったらかしにしている長年の疑問だよね。

それでは。