あのさ、あたしだって昭和29年生まれみたいな顔して歩いてるけどさ、実際昭和50生まれなわけで「波止場の夜霧」って言われても、背後に潜む恋人の別れは妄想できても実物の波止場の夜霧は見たことない。だいたい波止場って港とどう違うの。でも本当の昭和29年生まれだってもしかしたらスクリーンやテレビで見ただけで、実際に「夜霧にうるむ哀愁波止場のブイの灯」とか見たことないのかもしれない。じゃあもしかしたら平成5年生まれの人は「波止場の夜霧」って言われても何も思い浮かばないのかね?何それうざいマジ超わかんないんだけどうけるー。とか。わかんね。「波止場の夜霧」っていうのはきっと横浜の夜の倉庫街で濃紺の空に星がちらついて、ハマの夜の街の灯ももんやりと波止場を包んで、波止場の船の信号灯が交差してブイの灯もうるんで、紫の夜霧がたなびいて、男はトレンチコート、女は大振りの真珠のネックレスとミンクのケープ、あの足のっけるやつ(なんか船紐でしばるやつ。あれ名前なんていうの?)があって、遠くで汽笛の音がして、男は全然昭和顔なんだけど事情があってマドロスさんでエトランゼなので、外国航路の船に乗って旅立たねばならない。男の背後には黒塗りの日産プリンス・グロリアみたいな箱型セダン。万歳、東京オリンピック、輝く日本の未来。訳ありの二人の出会いも愛も別れもやさしく包みやさしく隠す波止場にたなびく夜霧、別れを告げる二人・・チー子、あばよ。幸せになるんだぜ。我が日本国昭和編。
このネイル、夜霧なんだけど、昭和の波止場の夜霧じゃなくて3万光年の彼方西暦30万年アンドロメダ星団の波止場の夜霧じゃないかと思う。
西暦30万年のアンドロメダ星には、酸性雨が降って太陽が二つ昇るオレンジ色の光化学スモッグの暮れない夕暮れに、地上3万メートル5千階の螺旋型超高層ビルが林立して、ビルが林立するセントラルシティー第426居住区を、永久機関で動くタイヤのない未来自動車が網の目のように這う時速2000キロの高速ハイウェイを行きかって、それでも忍びあう恋人、訳ありの恋人、旅立たねばならない男、見送る女は銀河波止場に向かう未来タクシーの中が最後の時間だから、運転手のアンドロイドに見えないようにバックシートで手をつないで、少し離れて座って、二人とも心は上の空で窓の外の光が棒のように流れていく風景を違う窓から見つめて、見つめる風景がうるむのはスモッグのせいじゃない。夕暮れあとの宇宙船に間に合うようにチェックアウトしたら男は他の星の人だから、アンドロメダの機械女は言葉にしたら泣きそうで、プレアデス星団からの宇宙移民で賑わう入国管理局の列を通り過ぎて、クロノス星からの貨物を扱う空中税関を通り過ぎて、おうし座行きの出国ゲートの搭乗橋を過ぎて突端の空中桟橋の銀河波止場に到着する頃には、オレンジ色のスモッグの暮れない夕暮れも青と紫に暮れかけて、超新星の一番星が力強く煌めいて、すでに到着した冥王星経由山羊座航路の宇宙船は人もまばらで、アンドロメダの夜霧がセントラル・シティーのネオンの灯りや銀河系の煌めく星々の光を集めて輝き、忍びあった人間の男と機械の女の出会いも愛も別れもやさしく包みやさしく隠すアンドロメダの波止場にたなびく星屑の夜霧、さよならも言わずに去っていく男、一人で泣く機械の女。サントワマミー、二人ノ恋ハ オワッタノネ。
それでは。