ams

a tokyo based manicurist, hatsuki furutani's salon works from a.m.s. ebisu place in shibuya

2011-09-16

存在の耐えがたき矛盾、南十字星が見える常夏の南のバナナの国に秋が来る 四角い三角が上に下がる

a.m.s.恵比寿プレイスです。

あたし解説者36才は人生是即矛盾なので、毎日ぐだぐだしながら、脳みそぷつぷつ発酵して、矛盾してることとか、壮大な妄想とか、愚にもつかないこととか、ねちねち考えて時間が過ぎて気が付けば御年36歳、人生是エッシャーのだまし絵、ゆく川の流れは絶えずして砂上の楼閣なんですけど、そういうわけで、矛盾しているものとか 結論の出ないものとか同類のせいか悪くないなと思うのね。

四角い三角とか、上に下がるとか、交わる平行線とか、ウロボロスの蛇とか、水槽に蛸飼ってて餌やらなかったら腹減らした蛸が自分の足を食べ始めてて、気が付いたらいなくなってたとか、1歩進んで2歩戻るとかてかそもそもおまえの人生後退してんじゃんとか。

以前にアップした水木二等兵殿に捧げる南のバナナの国ネイルが花だとしたら、今回のネイルは常夏の南国の南のバナナの国が秋になって葉っぱになったネイル。

あたかも立派に存在している風に名前を名乗ってるけど、秋なのに常夏の南国、常夏の南国なのに秋ていうのは、名前からしてすでに矛盾を抱えているから、ここに描かれている葉っぱはそもそも存在できない架空の植物の葉。南十字星の見える一年中バナナがたわわに実るサンゴ礁の環礁に囲まれた常夏の南国に秋はないけれど、もし、秋があったら花は散って、果実も収穫して、葉には茶色が混じり始める。


それで、そんなこともないのだけれど、もし、薄紅のコスモスが秋の日の10月も終わりになって、こんな小春日和の秋風が木枯らしに変わるころには、大振りな緑の葉も枯れ落ちて、葉も茶色くかさかさと丸まって、北風がぴーぷー吹き抜けて、南国の母さんが乾し柿乾してヨナベで手袋を編まなければいけなくなってくる。バナナの国の母さんは、南国の女だし、そもそもたぶん食糧は豊富なのでおしん大根めしだべとかそういう飢饉ぽいセリフは言わないと思う。


鹿児島とか宮崎とかのあったかい温室で育てられたに違いない観葉植物とかが、東京に来て11月とかに外に野ざらしにされて、茶色くなっちゃってああ こいつ きっと越冬できないだろうなひゅりりらら っていうのとはちょっと違う。サンゴ礁とバナナの南の国の秋の葉っぱは、だって存在が矛盾してるんだから実際に枯れちゃうなんてそんな悲しいことも起きないんだよ。まああたしはエアプランツ枯らしたことあるけどね。

それでは。